大判例

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高松高等裁判所 昭和28年(う)868号 判決

控訴人 被告人 神野悦行 外一名

弁護人 武田博 外一名

検察官 大北正顕

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人神野悦行の弁護人武田博及び被告人増尾一郎の弁護人芝権四郎の各控訴趣意はそれぞれ別紙に記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに

原判決挙示の証拠により

被告人神野悦行はパチンコ屋を経営していたが、日本専売公社の売り渡さないいわゆる偽造のたばこであることを知りながら、(一)いずれも被告人増尾一郎から、(1) 昭和二十八年三月中旬愛媛県宇和島市鶴島町中通五一番地の被告人神野の居宅で偽造たばこピース十本入八百個を一個につき代金三十二円で、同光十本入り千五百個を一個につき代金二十二円で譲り受け、(2) 同年四月初め国鉄宇和島駅で同様偽造ピース・光各八百五十個をそれぞれ一個つき代金三十円・二十二円で譲り受け、(3) 同年五月初め宇和島駅で同様の偽造ピース・光各八百五十個を前同様の代金で譲り受け、(4) 同年五月二十七日宇和島市朝日町三丁目五一〇番地川合ツヤ子方で前同様の偽造たばこピース二千五百五十個を一個につき代金三十円で、同光四千二百五十個を一個につき代金二十二円で譲り受け、(二)以上の譲り受けたばこ中(4) のピース三百九十六個・光三百三十五個以外はパチンコの景品に出し又は他人に譲渡するなどして昭和二十八年七月三日前示居宅で右偽造のピース三百九十六個・光三百三十五個を所持していたのを専売監視に差押えられた事実被告人増尾一郎が前示(一)(1) (2) (3) (4) の通り日本専売公社の売り渡さないいわゆる偽造たばこピース十本入五千五百個、同光七千四百五十個を代金計三十一万七千円で被告人神野悦行に譲渡した事実以上原判決認定事実を認めることができる。被告人増尾一郎の本件犯行は、他にその主犯者があるにしても、その具体的所為の体様上正犯を以つて論ずべきものであり、単なる幇助犯に止まるものでない。被告人両名が本件たばこがいずれも日本専売公社の売り渡さないいわゆる偽造のたばこであることを知つて取引したことは、原審第四回公判調書中の被告人増尾一郎の「今年二月の中旬頃自分の家を売るについて宇和島に帰つた時、神野の店へ遊びに行つたら、ひよつと神野に逢いまして其処で話をしましたが、私はたばこを一つ出して神野に見せて大阪ではこうゆうたばこが出来ている、このたばこを作りよる人がちよいちよいわしの居る所に来るから安いと思うから買つてはどうかと言いましたら、同人は安けりや世話してくれ、と申しました。私はその時大阪の朝鮮人の三好から偽造のピースだと言つて貰つたたばこを神野に見せましたが、神野は受けとつてよく見ておりましたが、そしてその上で世話してくれと言いました。神野はその時にそのたばこと知つていた筈です自分としては神野ににせのたばこと言つていたかも知りません」との供述記載その他原判決挙示の証拠によつて十分認めることができる。

一、原判決は本件被告人増尾一郎から被告人神野悦行に譲渡したいわゆる偽造たばこ中被告人神野から押収せられた前示ピース三百九十六個・光三百三十五個以外の分の右譲渡代金(小売定価以下)に相当する金額二十九万七千七百五十円をそれぞれ被告人両名から追徴していること所論の通りである。

たばこ専売法は没収・追徴に関する一般法である刑法第十九条第一項第十九条の二の規定の特別法としてたばこ専売法第七十五条の規定を設けており、その第二項には第一項により没収すべき物件を他に譲り渡し、若しくは消費したとき又は他にその物件の所有者があつて没収することのできないときはその価額を追徴する、とある。この規定は不正たばこ等々に代るべき価額が犯則者の手に存することを禁止し以て不正たばこ等々の取締を厳重に励行せんとする趣旨のものであるから、偽造たばこが順次数人間に譲渡されたような場合にはその最後の者が没収又は追徴されたからとてその前者等はいずれも追徴を免れるものではなく対価を得て譲渡している場合には同人も亦その対価相当の金額の追徴を免れないものと言わなければならない。

本件において被告人増尾一郎は本件たばこを被告人神野悦行に譲渡して前示追徴金額相当以上の対価を得ており、被告人神野は本件譲受たばこ中前示押収せられた分以外を他に有償譲渡していてこれを没収できないのであるから、原判決が被告人両名からそれぞれその価額を追徴したのは正当である。

一、本件記録に現れている諸般の情状を考慮するに、本件被告人等間の売買にかかる偽造たばこは一万二千五百個の相当多量であり、その代金は三十一万七千円に達するのであつて、各被告人には大した前科(被告人増尾に道路交通取締法違反による科料二百円の前科があるのみ)はないにしても、原審の被告人神野に対する懲役一年(五年間執行猶予)、被告人増尾に対する懲役八月(二年間執行猶予)、両被告人に対する没収追徴は量刑過重とは認められないのである。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

被告人神野悦行の弁護人武田博の控訴趣意

第一原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかである事実の誤認がある外理由不備の違法がある。即ち原判決によれば被告人神野悦行に対する犯罪事実として被告人が法定の除外事由なくして日本専売公社の売渡さない製造たばこを所持し又は相被告人増尾一郎より譲受けた旨判示し被告人をたばこ専売法違反として懲役刑に処し(但し五年間刑執行猶予)且追徴を科したのであるが、被告人は右たばこが密造のもの(日本専売公社の売渡さない製造たばこ)なることは知らなかつた旨終始弁疏して居り、その弁解が事実であるとすれば被告人には犯意なきものであつて之をたばこ専売法違反として問擬することは許されないものであるに拘らず、原判決は此の点に関し知情の有無を判示せず理由不備と言うの外はない、のみならず被告人が密造たばこたるの情を知つていたとの証拠は不充分であり到底之を認めることは出来難いに拘らずその情を知つていたものとして処罰したのは結局事実の誤認である。右知情の点に付て原判決の挙示せる証拠としては先ず相被告人増尾一郎の原審公判廷に於ける供述、同被告人の司法警察員に対する第一回供述調書及副検事に対する供述調書(昭和二十八年九月十八日附)等であると思料するが、右供述並供述調書の記載によつて認められる知情関係の事実は要するに「本年三月頃増尾が被告人方パチンコ遊技場に立寄つた際世間話の後で増尾より被告人に対し所携のたばこ(密造のもの)を示し、大阪ではこの様なたばこが出来るがこちらには要らぬかと問ふたのに対し、被告人はこれを受取つて見て、これならええと言つたそれで増尾としてはそのたばこを密造のものであると判然と言つたわけではないが、被告人はその問答によつて密造のものであると知つた筈である」と言うにある。結局之は「大阪で出来る」と言うことと「これならええ」と言つたこととの関聯から密造の知情が推認出来るとの増尾の見解が示されているものであるが、同人の見解は必ずしも正当とは言えない。何となれば世間話に於て無造作に交される言葉の意味するところを仔細に検討して問答する者は一般的に観て殆んど無いと言つてもよいと考えられるところである。従つて此の場合に於ても右問答の事実のみを以て本件知情を断定することは出来ない筈である。のみならず今日疑の目を以てこの問答の意味するところを検討するならば増尾において推認せる如き事実も窺えないこともないが、何気なく語つた世間話の断片として考えるならば、之によつて被告人が密造たばこであることを確実に知るべきであつたと言うことも無理であり、実際被告人はその際の問答によつても密造たばこであることを知らず、大阪方面に於てパチンコ屋から客が得たたばこを買い集めて入手するものと考えたと言うのであるから、右証拠によりては被告人の前記知情の証明尚不充分である。

次に証人今泉ツルの証言も知情の証拠として挙げられているものと思料するが、同人の証言するところは被告人が増尾よりたばこの譲渡を受けて後にそのたばこが密造のものではないかとの疑いを持ち、被告人にも注意をしたと言うに止り、未だ以て前記知情の証明とするに足らないものである。尚ほ被告人と増尾間に本件たばこの取引に関し「キヤラメル」「チヨコレート」等の隠語を使用し通信連絡をしていたとの点は被告人も自認せるところであるが、之とても増尾の指示によるもので之を必要とした理由は官製たばこでも之を大量に買い集め価格を割つて取引することは禁じられて居り、之を警戒する為のものと被告人は考えていたと言うのであるから、之も亦知情の証拠たり得ない。他に被告人が本件たばこを密造のものであると知つていたと認むべき証拠はないのであるから、原判決が此の点に付知情を認めたのは事実の誤認である。

第二原判決に於て被告人に科せられた追徴の附加刑に付ては次の点に疑問がある。

(一)譲渡たばこの価格を譲渡人増尾一郎と譲受人たる被告人の両名に各全額を科した点 元来追徴は没収し得ない物件あるとき、犯罪に関する利益を保持せしめざる目的を以て科せられる附加刑であつて、その金額は没収し得ない物件の価格相当額であり之を超えることも又下ることも許されない。然るに原判決に於ては没収し得ないたばこの総価格二十九万七千七百五十円をいづれも全額増尾一郎と被告人の両名より追徴する旨宣告し、結局計五十九万五千五百円の追徴を科したのであるが、之は没収し得ないたばこの価格の二倍に相当するものであり、前記追徴の目的を逸脱し違法であると信ずる。

(二)譲受人である被告人より譲渡たばこの価格を追徴することは違法でないかどうかの点 此の点に付ては明治四十一年三月十日大審院第一刑事部判決(同年(れ)第八三号)が判例として考慮せられ之によると譲渡人及譲受人全員に対し追徴を科すべきものと解されるが飜つて前記追徴の認められる趣旨(犯罪による利益を保持せしめないこと)及同様な追徴を規定している賄賂罪の追徴に関し数人共同で収賄した場合没収、追徴は現に享有した利益に従うべきものとし、共犯者各自の分配額に従つて之を行うべきであるとの大審院判例(昭和九年七月十六日判決)の趣旨に照らすとき本件の場合にも現に利益を享有せる状況に応ずる追徴を為すべきものであると思料する。仍而本件に於て被告人が利益を享有せる状況はたばこ光及ピースを、光は一個二十二円、ピースは一個三十円乃至三十二円にて買入れたものであるから之が各公価との差額を以て享有利益と目すべきものでありその差額の総額を被告人より追徴すべくその余は譲渡人増尾一郎に於て代金の支払を受け利益を享有せるものと解すべきであるから之を同人より追徴すべきものである。

此の点原判決の追徴に関する附加刑はその金額の点に於て違法があるものと信ずる。

被告人増尾一郎の弁護人芝権四郎の控訴趣意

第一原判決は事実の誤認があつてその誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

原判決は第二被告人増尾一郎は………中略………にて譲り渡し、とあるが被告人は譲り渡したものではない、其の事実関係は次の通りである。即被告人は宇和島市に住居を有して居たが大阪市に住居を移転したのである、当時同人は「パチンコ」機械を所有して居たが之を朝鮮人三好某(或は大本とも云う、以下同じ)に売買した関係より同人と知り合いとなり同人所有の家屋を賃借したが家賃を決定して呉れと云うのに家賃等心配せず遠慮なく居れと云うので被告人は其の好意に感謝して居つた、三好の被告人に対する行為は他に目的があつたのである、即三好はたばこを密造して居るので被告人に好意を示して置き後日被告人を使用して密売しようとしたのである。被告人は勿論此の三好の真意を知らなかつたのであるが果して三好より密造たばこの売買斡旋方を求められ(三好は明白に密造たばことは云わなかつたが被告人は之を推量して居つた)被告人は従来の三好との関係上承諾せざるを得ないようになり遂に相被告人神野悦行に斡旋するようになつた。その協力の程度は最初一回は世話をしたけれ共以後は殆んど三好と神野間の直接取引と云つてもよい位で神野より被告人宛注文の電報が来た時被告人は之を三好に取次いだに過ぎず三好よりの品物発送等には全然関係せず発送したかどうか発送数量等も知らなかつた。三好が宇和島市へ来たこともあるが之も被告人が同市へ来る時三好が自発的に同行したに過ぎないのであつて被告人が売買を斡旋する為特に連れて来たのではない。神野が代金を送付しないところ三好が被告人に代金取立方を乞うので妻を代金請求に宇和島市に来らしめ代金の一部を持ち帰つたことがあるが之も斡旋した行き懸り上止むを得なかつたのである。以上のような次第で被告人は勿論密造等には全然関与せず唯三好が密造したたばこの売買を同人の為斡旋して同人の売買行為を容易ならしめ之を幇助したものであるから被告人の行為は従犯である。被告人は自ら譲渡したものでなく譲渡人は三好である。

第二原判決は被告人両名に対し各金二十九万七千七百五十円を追徴する、とあるが之は法令の適用に誤がある。

(一)被告人増尾より追徴すべきでない 追徴金に付ては刑法に一般原則を規定し各本条に別段の規定を為すことがある。たばこ専売法にある特別規定等がそれである。刑法の規定によれば追徴は刑法第十九条第三号第四号の場合にせられるのであるが被告人増尾に関しては同号に該当するものはない。被告人増尾に関しては本件密造たばこは同条第一号犯罪行為を組成したる物に該当するから追徴せらるべきではない。たばこ専売法第七十五条第一項によれば同条第七十一条の犯罪にかかるたばこは没収するとあり被告人の行為は同法第七十一条第一号(同法第六十六条第一項違反)に該当するのであるが、第六十六条第一項はたばこを所有し、譲り渡し又は譲受けてはならない、と云う規定であるが被告人増尾は譲り渡したものでない(原判決は譲り渡したものと認めて居るが之が違法なること第一記載の通りである)。故に被告人増尾に対しては没収は適用されない。同法第七十五条第二項は没収することを前提として没収することが出来ない時追徴するのであるから没収が出来ないならば追徴もできない。又同条同項は没収することの出来ない全部の場合に追徴すると云うのではなく、譲り渡し若しくは消費し、又は他に其の物件の所有者があつて没収することが出来ないときの場合である。譲り渡し消費して没収不能にした者は相被告人神野悦行であつて被告人増尾ではない。

元来刑法第十九条の二追徴の規定は犯罪行為より生じ又は之に因りて得たる物、報酬対価として得たる物を利得せしめない為の規定であり何等利得のない者より追徴すべきではない。たばこ専売法第七十五条の特別規定も亦此の刑法の一般原則を変更するものではない。要するに利得のないところ追徴せられることはないのである。故に相被告人神野の如く譲り渡し又は消費し利益を得たる者より追徴するは相当であるが何等利益を得ない被告人増尾より追徴するは違法である。判例が共犯の場合に関し数人共同して賄賂を収受したる場合に於ては共犯者に於て追徴金を平等に分割負担すべきものとして居たのを(明治四十五年六月十八日判決録第一八輯第八八七頁)後之を改め共犯者各自の分配額に従つて没収を為すべきものとした(昭和九年七月十六日判決集第一三巻第九八一頁)のを見ても右の理論は正当である。被告人は売主買主双方より何等の利益を得て居らない。三好が只借家のことに付好意を示して呉れたので人情上止むを得ず斡旋幇助したのである。尤も家賃に付て多少の利益を得たことになるかも知れぬがこれとても被告人は自分で家の造作を加えたので家賃全部を利得したのではない。加之それは三好が被告人を犯罪行為に利用しようとする為に利得せしめる意思を知らなかつたので本件犯罪行為とは被告人としては何等関係がないのである。故に被告人は本件犯罪に関し何等利得はない。利得のない被告人より追徴するは違法である。

たばこ専売法第七十五条第二項に前項の物件を他に譲り渡し若しくは消費したとき、とあつて譲り渡し消費し「利得を得たとき」とはないけれ共譲り渡し消費すれば利得は当然之に伴うものとの前提の下に規定せられたものと解する。又追徴は犯罪行為に関与した以上正犯者たると従犯者たると又物件の所有者であると否とを問わずひとしく科せらるべきものであるとの判例があるようであるがこれ亦従犯者でも利得した者よりは追徴すべし、とするものであつて利得のない者より追徴せよとの趣旨ではないと解する。

(二)被告人神野悦行、増尾一郎各々より二十九万七千七百五十円を追徴することは違法である。仮に百歩を譲り被告人増尾よりも追徴することができるとしても被告人両名より合せて同額を追徴したらよろしいので両被告人より各右金額を追徴すべきものではない。

第三原判決は刑の量定が不当である。本件犯罪事実に関し一、犯罪の動機二、協力の程度三、何等利得をして居らないこと等を綜合考覈するときは被告人に対する懲役八月の量定は相被告人と比較し重きに過ぎ不当である。

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